思い出したこと
その子はとてもピアノが上手だったが、いつも表情が曇っていた。
同い年に顔立ちの華やかな女の子がいて、とても天真爛漫な子だったが、
その子の出す音よりもとても明るく、軽やかで響きの良い音を出すものだった。
練習もまじめにしていたのだろう、指の動きもスムーズだった。
あんなに素敵な音を響かせるのに、なぜいつも自信がなさげなのだろう。
同じ教室に通う私はそう思っていた。
ある日、私は私のレッスンの順番を待っていた。いつものとおり彼女はレッスンを終え、家族が迎えに来るのを待っていた。
彼女の母親がやってきた。
母親はまじめを具体化したような顔で、顔は彼女にそっくりだった。彼女と違うところと言えば、笑うことも少なく、表情はいつも堅かった。
「娘は本当に下手で、なかなかうまくならなくて…全然そんなことないんです...
いつも言っているんですが...」
母親が何か言う度に、彼女がうつむいていく。
私はそれを何度か見かけた。先生の前でも、私のような少し知った同じレッスン生の前でもそれは繰り返された。
あんなにきれいな音を出すのに。彼女は努力しているのに。
見たものや聴いたものを思ったように解釈し、たとえ違う考え方があったとしても当てはめる。
それが本当に受け入れ難いことと認識したのは、その時が初めてだったかもしれない。
彼女は今、思ったように生きているだろうか。
自分の感覚を信じ、前へ進めているだろうか。
否定されるようなことではなかったこと、少なくともそう思っていた人が
周りにいたということに気付いていただろうか。
もうきっとあのときの彼女に会うことはないけれど、たまに同じように繰り返される
記憶なので、私の気持ちがただ浄化されるよう、ここに書いておく。